隠された缶の蓋を開けると同時に
魔法に亀裂が生じ、
魔女から、男性への架け橋が渡される。
魔法に亀裂が生じ、
魔女から、男性への架け橋が渡される。
| THREE YEAR DELIVERY 2005/99分/日本/監督・原作・脚本:唯野未歩子 撮影:中村夏葉 編集:日下部元孝 音楽:野崎美波 出演:中島知子/西島秀俊/木内みどり/奥田恵梨華/塩見三省/丹阿弥谷津子 |
女性による女性のために撮られた映画として、少女漫画に特有の多層的な語りが採用され、次いで、その多層化された部分があえて無声になる。こういった表現は、小説にはできない。
主人公である中島知子の一族は圧倒的な女系であり、男性の姿は見られない。陽気で、ものごとを深く考えないらしい──少なくともそのようなそぶりを見せない女性たちは「父親は重要じゃないのよ」とのたまい、産まれてくる子供も「絶対に女の子よ」と決めつける。しかし祖母も中島も缶の蓋を開けることができず、中島のダメダメ夫の西島秀俊の手を借りなければならない(西島が現れると、「まあ!」と小さく叫んで、開けられなかった缶を次々と持ってくるところは面白い)。こういった女系一族の描写は、いやでも、この一族が魔女たちであると思わせる。冒頭のシーンで中島が箒を使っているのはそのためだろう。
西島は、しかしダーリンとは違って勤め先に愛人をもつダラシナイ男だから、夫婦の関係は冷えきっている。夫婦の描写、たとえば西島が見ていたテレビを中島が切るシーンなどでは明らかに中島の独白が省略されている、というか故意にマイクが切られている。「夫と私とは終わるかもしれないけれど、この子とは終わりがない」という台詞はその上で立ち現れる一見ポジティブなもので、物語全体をつらぬく中島の意思を表している。文字通り耳栓をして世界を遮断して妊娠のみに集中する中島は、と言っても、産むこと自体に関心はないわけだが。
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かくして妊娠は順延されていくが、妊娠が、胎児が乳児になる成長のための期間ではなく、人が親になるための準備期間であるというメッセージがそこにあるのなら、そもそも三/身籠ることが必要だったのかどうかは微妙だ。三/を表す描写は中島の腹以外には、どうやら世間ではこの異常な妊娠が社会的な話題として注目されているらしいというほのめかしだけである。一族は長すぎる妊婦期間に無関心であり、「赤ちゃんと一心同体だから世話しなくてもいいし、ラクでいいわね」などといっている。
魔法の亀裂は、中島が日々したためては流しの下の缶にしまいこんでいる亡父への手紙から生じる。なぜ流しの下なのかというと祖母が都合の悪いものは流しの下に隠せと言ったからで、中島は昔の恋人の写真などもこの缶の中にためこんでおり、この缶を開けることから、男性に向けての架け橋が渡されることになる。
おっとりした <内声> 的な中島に対し、産婦人科医の恋人(塩見省三)がいる妹(奥田恵梨華)は直情的で、奥田は塩見に弁当を差し入れて「同じものを食べて同じ体になりたい」などと言い、塩見は「ちがうからいいんじゃないかなあ」と応じる。「男の人が嫌いなの、海君は別だけど」という奥田もまた男性を欲望しているのだ。最後近くなると塩見は女装させられてしまうが、このあたりは急ぎすぎで、映画としての面白みに欠けるように思う。


